トレンドの墓場へようこそ!Mojojojoをカバンにぶら下げる「思考停止した信者」たち | サクッと深掘りしてみました
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トレンドの墓場へようこそ!Mojojojoをカバンにぶら下げる「思考停止した信者」たち

トレンドの墓場へようこそ!Mojojojoをカバンにぶら下げる「思考停止した信者」たち エンタメ

筆者の独り言(X風)

街中Mojojojoだらけ。ラブブの時と同じ空気感、デジャブすぎる。個性を出すためのアイテムが、今や「置いていかれないための制服」に成り下がってる地獄。結局、ワイドパンツ履いてる自分もその一部だって気づいた瞬間、鏡見るのが嫌になった。日本人の同調圧力、マジで底なし沼。

結局、私たちは「自分が好きか」ではなく「周りが認めるか」でしか物を選べない、悲しきトレンドの奴隷でしかありません。

媚びない可愛さが売りのMojojojoは、今この瞬間、急速に「消費期限付きのゴミ」へと向かっています。

ラブブの死体を超えてゆくMojojojoという名の集団催眠

つい先日まで、あれだけ血眼になって探されていたLABUBU(ラブブ)は今どこにいますか?まだ熱が冷めやらぬうちに、もう次のターゲットとしてMojojojoが差し出されている。この異常なまでの消費スピード。本来、作者が込めた「媚びない可愛さ」は、他人に左右されない孤高の個性だったはず。

しかし、日本のトレンド中毒者たちが群がった瞬間、それは「持っていないと不安になるお守り」に変質しました。

カバンにジャラジャラとぶら下がるぬいぐるみは、もはやファッションではありません。周囲の顔色を伺い、「私は流行を理解している安全な人間です」とアピールするための身分証です。この「流行りを付けている安心感」こそが、クリエイティビティを殺し、キャラクターの命を短くする一番の毒。作者が意図した「表現」は、無個性な大衆の「記号」として消費され尽くそうとしています。

スキニーを捨てた僕たちはワイドパンツの檻の中で震えている

人のことを「トレンドの奴隷」と笑いながら、ふと自分の足元を見ると、そこには当たり前のようにワイドパンツがあります。スキニーパンツを履きたい気持ちがあっても、街に出れば「古い人」というレッテルを貼られる恐怖に勝てない。

オーバーサイズというトレンドに乗っかっている自分も、結局はMojojojoをカバンに付けている人達と同類なのです。

好きなものを好きと言えず、流行遅れになることを「死」と同義に捉える日本人の悲しい性. 私たちは、個性を出そうとすればするほど、巨大なトレンドの渦に飲み込まれ、結局は誰かと同じ格好に収束していく。Mojojojoを愛でるその手も、ワイドパンツを選ぶその手も、実は見えない「世間の目」に操られているだけではないでしょうか。

終わりの始まりを見つめる本音の比較

トレンド中毒者の末路真の愛好家の絶望
購入動機乗り遅れるのが怖いから自分の感性に刺さったから
装着理由安心感を得るための制服個性を出すための相棒
飽きた後「古い」と断じて即廃棄流行に汚されたことに絶望
現状の姿ワイドパンツの檻の住人孤高を貫けず埋もれる犠牲者

読者の疑念

Q:トレンドが終わった後にMojojojoを付けていたら「痛い」ですか?

最短で答えるなら、間違いなく「痛い」と思われます。それが今の日本の空気感だからです。でも、本当に痛いのは、流行が終わった瞬間に「ゴミ」扱いして次の獲物を探す、空っぽな感性の方かもしれません。

Q:ワイドパンツを履くのは、自分に似合っているからでは?

そう思い込みたいだけでしょう。街中の全員が「自分に似合っている」と同じ答えを出す不自然さに気づいてください。それは「似合っている」のではなく、「世間に馴染んでいる」というだけの、ただの妥協かもしれません。

まとめ

結局、Mojojojoをカバンにぶら下げて安心しているあなたも、スキニーをクローゼットに封印してワイドパンツに逃げ込んでいる私も、同じトレンドの檻の中にいます。

流行が去った後に「まだそんなの付けてるの?」と指を差される恐怖に怯え、作者の想いすら消費のネタにしてしまう。この日本人の悲しい性を自覚しない限り、私たちは一生、誰かが決めた「正解」を買い続けるだけの人生です。

カバンに付いたMojojojoを一度外し、鏡の前でトレンドというフィルターを捨てて「本当に自分が着たい服」を、自分の意思だけで選び直してみるのが良いかもしれません。